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国学院の柴田先生のHPです。
ここに、当社のダイナミックスタンダーを使っていただいている、三坂俊平君の言葉が掲載されています。ぜひ、ごらんください。
田中正造の感想はおもしろかったです。今度お会いしたら、正造のお話をしましょう。正造のことをあれこれ調べているのでーーー。
MOVE トレーニングのお知らせ
日時 2005年10月8(土)・9(日)
時間 8日13:00から18:00
9日10:00から18:00
会場 筑波大学附属学校教育局 東京キャンパス E235
tel 03-3942-6923
(東京メトロ 丸の内線 茗荷谷駅より徒歩5分)
定員 15名
受講料 15000円
今回のトレーニングは、トヨタ財団の広域ネットワーク事業助成と
国立大学法人筑波大学の「社会貢献プロジェクト支援」を
受けて開催されます。
ベーシックを受けられた後で、プログラムを実践する際に
直面する問題の解決や、アドバイスのために、
10月30日にMOVEフォローアップセミナーを準備しています。
MOVEプログラムを絵に描いた餅に終わらせず、
チームで取り組めるよう、実践力を養成するセミナーです。
申込書もダウンロードできますのでご活用ください。
http://www.move-japan.org/training-yotei.htm
宜しくお願いいたします。
MOVEのセミナーで通訳をお願いしている齋藤明子さんが訳された、
アメリカ・カリフォルニア州のピープルファースト
(知的障害者の人たちの当事者運動)が
作成したポスターの内容が斉藤さんが発行する「こむさ」
に掲載されていて、私は、とても気に入りましたので、
こちらのMLへもご紹介いたします。
(私の蛇足のコメントつきです)
「こむさ」の入手は次のところへ。
コミュニティサポート研究所
東京都文京区関口1-16-1東海文京マンション701
電話・FAX 03-3235-5637
ーーーーーーーー以下・貼り付けーーーーーーーーー
私たちはピープルファーストです。
私たちの障害はふつうの生活の一部です。
市民として他の人と同じ権利を持ち同じ責任をはたします。
そのために必要な援助を受ける権利があります。
<権利>
普通の人と同じように生きる
自分で選んだ人間関係をもつ
必要な医療を受ける
学ぶ力があるすべてのことを学ぶ
自分の生活を管理して、危険があっても挑戦し、選ぶ
自分が望むように変化する
施設に入らず自由でいる
希望や夢をもつ
他の人と平等に扱われる
自分の気持ちや意見を持ち、発表し、それをまじめに聞いてもらう
自分の欲しいものを頼む自由
人に、事業所に、政府に対して自分の権利を守る
虐待を受けない
働く
楽しむ
専門家から情報を得る
プライバシーをもつ
<責任>
自分や人を傷つけない
他の人を平等にあつかい、尊敬の気持ちをもってつきあう。
健康に注意して必要なときには助けをもとめる。
学んだことを使う
自分が選んだことの責任はとる
人を頼りにして自分の限界を周囲の人に知らせる
(施設でない) 場所でくらし、他の人に暴力を振るわない
自分に自信を持ち、自分を管理して、自分に腹を立てない
平等な人間として行動する
正しいことは何かを見つけ、自分でできる方法で主張する
何かをして欲しいときには人に頼む
強くなり、怖さに立ち向かい、必要なときには援助を求める
誰かに傷つけられたら報告する
仕事をきちんとする
楽しむときに人を傷つけない
入手した情報について考える
ひとりになれる場所を求める
(「こむさ創刊号P32~33、(コミュニティサポート研究所)斉藤明子訳」より)
*アメリカの障害者当事者運動のポスター文面。憲法条文ではないが、
「権利と義務」ということを考えるために資料として掲載した。権利を主張し
、他者に対して責任を果たすという姿勢がよくでている。
アメリカのような「過酷な」福祉政策の下で鍛えられてきた自立生活運動
(IL運動)の成果をみる。[白崎・記]*
05/09/17(Sat)
障害学のMLでかさはらさんというアメリカの大学にいる方から、インクルージョン教
育とインテグレーション教育
の違いをうまく図にしたものを教えてもらいました。
http://www.eenet.org.uk/theory_practice/bonn_2.shtml#squareholes
まあ、日本では、「統合」という具体像はまだまだかもしれませんが、参考になりま
した。
図だけ見ていてもなーるほど、と思います。
(この文章は、MOVE・メーリングリストの過去の発言から転載しています)
ここのところの社会保障政策の大枠は、新自由主義が優勢で、「マーケットにまかせればうまくいく」という思考パターンがおおっているようですが、本当にそうでしょうか。この思考パターンからの解放をめざして、これからしばらく、日本の社会保障の全般にわたって様々な視角から論じてみたいと思います。
日本では、アメリカのような障害者差別禁止法(ADA)がないため、日本版ADAを制定しようとする動きが各方面でなされていますが、ここではまず最初に、もともと法律の根本である「憲法」と障害者のかかわりについて考えてみたいと思います。
そもそも、憲法というのは、日本人にとってなじみのないもので、政策論争で護憲か改憲かということで9条などが話題になりますが、なんだか「タテマエ」でできあがっているものという印象が強いのはないでしょうか。しかし、憲法による政治、つまりは「立憲主義」というのは西欧の宗教戦争や各種地域紛争などの苦い政治的経験の中から生まれてきた、最良の遺産のひとつと言って良いと思われます。それを「タテマエ」として抱え込んでいるだけではもったいないことです。
「比較立憲主義」(注1)という本の中でC・J・フリードリヒは「立憲主義とはフェア・プレイを保障し、かくして政治を「責任あるもの」にする規範の総体である。」と言っています。つまりは、憲法とは「正義」へのガイドブックのようなものです。ここがしっかりしないと社会の秩序がどんどん混乱することになります。ですから、日本以外の国々では、憲法をより良いものにしていこうと何度も改正しているところがかなりあります。
まずは、スイス憲法をみてみましょう。スイスの民主主義は、独特の形体をもっていて、スイス人自身は「協定民主主義KONKORDANZDEMOKRATIE」とよんでいます。その原則は、多数決をとらず、「切り捨てられた」と感じる人を一人も出さないことを理念としていることです。(具体的には、ウェッブサイトの「野良猫ジャーナル・関曠野コラム 「民主主義さまざま」2003年11月号 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4041/seki/0401.html」を参照。)
そのスイスの憲法前文をみてみましょう。
「----自由および民主主義と、世界に対する連帯と公開の中での独立および平和とを強化するために連邦をつねに革新する努力において、統一の中の多様性を相互に顧慮し、またそれに留意しつつ生きることの意志において、将来世代に対する共同の成果と責任との自覚において、自己の自由を(眠らせることなく)行使する人だけが自由であること、および、共同体の強さは、その成員の中のもっとも弱い者の生き甲斐によって測られることを確信しつつ、以下の憲法を制定する」(「解説・世界憲法集第四版」樋口陽一・吉田善明編、三省堂より引用。ただし、訳文の一部は、関曠野氏の訳を用いて若干の修正をしています)とあります。
この憲法前文からも、少数者の尊重ということに神経を使っていることがよくわかります。さきほどの「協定民主主義」のことも関連しているでしょう。 特に共同体(国家・地域社会のことをさす)の強さが、社会的に弱い立場の人の尊厳によって決まるという思想は、現在の日本人が特に学ぶべき思想といえると思います。
さて、スイス憲法(2000年版)の憲法第八条(法的平等)の項目をみてみましょう。
「第二項 何人も、とりわけ、出生、人種、性別、年齢、言語、社会的地位、生活様式、宗教的、・世界観的もしくは政治的信条を理由とし、または、身体的・知的もしくは精神
医学上の障害を理由として、差別されてはならない。」(前掲書「解説・世界の憲法集第四版」より)
とあります。日本国憲法でも第14条に「法の下の平等」はあるのですが、このスイス憲法のような具体性には欠けます。スイス憲法は暮らしに根ざす具体性に特徴があり、素人くさい憲法ともいわれるのですが、法の精神と暮らしが分離しないように努力している証といえるかもしれません。この文言でも、「障害者は差別されてはならない」ということがきちんと明記されています。
この稿は続きますが、いくつか、障害者が憲法でどのように扱われているか調べてみましょう。
●リフトンバス&シャワーチェアのキャスター付スタンド(高型)の地面から座面までの高さは、従来のチラシでは、75.5センチと表示されていましたが、仕様変更に伴い、約71センチと変更させていただきます。
何卒、ご理解の程お願い申し上げます。
